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チュウブ ゴルフアドバイザー 倉本昌弘プロ

チュウブ ゴルフアドバイザー 倉本昌弘プロ

これからのゴルフ場運営はチュウブと倉本昌弘プロにお任せください

ゴルフ場運営及び管理業務を行うチュウブには、ゴルフアドバイザー・倉本昌弘プロがいます。 持ち前のパワーとビッグハートで、男子ゴルフ界のビック3「AON(青木功、尾崎将司、中嶋常幸)」と肩を並べた倉本プロ。彼もチュウブの芝生に惚れ込んだプロのひとり。経験豊富なプロゴルファーの視点から、チュウブのゴルフ場の運営受託のアドバイザーとして活躍しています。 チュウブが手がける最高の芝生とともに、本当に理想的なゴルフコースとは何か。その答えを、チュウブは倉本プロと一緒にご提案いたします。

倉本昌弘プロ プロフィール

倉本昌弘プロ プロフィール

広島県広島市三篠町(現・西区三篠町)出身、日本大学卒業。ゴルフ界の重鎮、ビック3と呼ばれる「AON(青木功、尾崎将司、中嶋常幸)」とともに、1980年代のゴルフブームを担った名選手。

高校3年で日本ジュニアに優勝し「広島に倉本あり」と大いに名を馳せた。当時は重要視されていなかった筋肉トレーニングを高校生のころからいち早く取り入れていたことは有名な逸話。システマティックな筋肉トレーニングを日本でいち早く導入したアスリートの一人である。

名門日大ゴルフ部に進むと史上初の日本学生選手権4連覇、日本アマ3勝などの快挙を成し遂げる。80年には中四国オープンで史上初のツアー競技アマチュア優勝を達成。

翌81年にプロテストに合格。当時は少なかった大卒プロ選手であった。

プロ転向後、デビュー戦の和歌山オープンでいきなり優勝。続いて4戦目まで一度の2位を除き3勝を挙げる驚異的な強さを示し、あっという間にトッププロの仲間入りを果たした。筋肉トレーニングで得た強靭な身体から放たれる、そのずば抜けた飛距離から「飛ばし屋」、「ポパイ」とあだ名された。

82年には全英オープンで日本人選手の過去最高位である4位タイとなった。92年には通算25勝目をあげ、日本男子プロゴルフ史上5人目の永久シードを獲得。03年アコムインターナショナルで優勝、この時のスコアは日本ツアー史上最少・世界最少タイの59ストロークという偉業を最年長48歳で達成し、30勝目を上げた。

05年から米国シニアツアーのチャンピオンズ・ツアーに『マッシー・クラモト』の名前で登録。

08年より国内レギュラー・シニアツアーに主戦場を移し、2010年日本シニアオープン、2010年HANDA CUPシニアマスターズで共に優勝。賞金総額歴代2位(シニア賞金王)となった。

プレーによる活躍のほか、ゴルフ界の改革にも精力的に携わる。1999年にはPGAと完全分離した「JGTO(日本ゴルフツアー機構)」を立ち上げた。「JGTO」の選手会「JGTPC」(ジャパンゴルフツアー選手会)の選手会長は、1992年から歴代最長の8年間務めた。2010年度から「JGTO」の監事を務める。また自身、男子ゴルフに初めてチタンヘッドを持ち込んだ選手としてゴルフ界への革新に努めている。

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